タイの運転免許証から日本の運転免許証への切替え準備
今年1月、タイの運転免許更新時に、国際免許と日本の免許に切り替えるために必要な書類をバンコクの陸運局で取得しました。そして昨日、約3ヶ月ぶりに車の運転をしてみました。日本免許証に切り替えるための技能試験に向け、感覚を取り戻すための運転。久しぶりのせいか、自分の車じゃないせいか、日本での運転のせいか、緊張しました~。徐々に慣れていこうと思います。
約14年前にタイで免許証を取得したFah Thai。トンロー地区にあったよろず屋のようなお店に出ていた看板「運転教えます」を見て約約30時間の教習を申し込み、受けたのが今では懐かしい想い出です。
日本免許への切り替えの試験に向けての勉強もぼちぼちしつつ、日本での車購入に向け色々検討中です。タイで馴染みのなかったもの、例えば・・・
- 自動車重量税
- 法定点検
- 車庫証明書
- 未経過相当額
等など。日本での車の維持費はタイの数倍にもなりそうで、早く物価の違いに慣れようと必死です。笑
今日は外国の免許を日本の免許に切り替えるために、タイで用意した書類について記したいと思います。私はこれまで日本で運転免許を取得したことはなく、今回初めてタイの免許から日本の免許への切り替えをしようと思っています。
とりあえず条件は以下の通りです。
- 住所が登録済であること
- 切替えしようとする外国免許が有効期限内であること
- 外国免許を受けた後、その国に通算して3ヶ月以上滞在していること
Fah Thaiの場合、今年の1月の時点で所有していたタイの運転免許の有効期限が今年3月までだったため、免許の更新をする必要がありました。(←条件2)問題になったのは、タイの免許証の場合、更新をすると免許証上に記載される有効期間は更新日からとなり、それ以前に免許を取得していたかどうかは免許証を見ただけでは分からなくなる点です。(←この時もう少し早く行動に移していれば・・・と少し後悔しました。)更新したのが1月初旬で帰国は3月中旬の予定だったので、更新した免許証に記載される日から3ヶ月経たずして出国となる予定でした。
長野県警と受験予定の免許センター2カ所に問い合わせをしてみると、過去にもタイの免許を日本の免許に切り替えた方の中に私のようなケースがあったそうです。その際に必要になった書類が「取得証明書」で、タイの陸運局で発行して頂いたそうです。同じようなケースの前例があった事を聞き、少し安心できました。
早速、頂いた情報を元に年明けに免許の更新、国際免許とこれまでのタイ運転免許取得証明書の取得のため陸運局へ行ってきました。国際免許は、日本でシーズン的に切り替えの為の予約が取れにくそうだったので、とりあえず運転できるよう取得しておきました。タイの免許更新後、国際免許と運転免許取得証明書の申し込みをしました。
国際免許取得に必要な書類は以下の通りでした。
- パスポート原本とそのコピー(顔写真のページとNON-IMMIGRANTビザのページのコピー)
- 労働許可書とそのコピー、又は英文在留届済証明書(日本大使館領事部発行)
- タイの運転免許証(5年間有効の免許証のみ)の原本とそのコピー(表裏両面のコピー)
- 写真2枚(サイズは2インチ)
- 手数料505バーツ
取得証明書の申し込みの為に必要な書類もほぼ同じでしたが、写真は2.5CMx3CMくらいのサイズ2枚(私はちょうど持ち合わせていた写真を使用)と手数料はたったの25バーツでした。パスポートが更新されていて、以前のパスポート使用時に取得した免許の証明も必要な場合は、古いパスポートも持参する必要があります。
同日に免許の更新、国際免許の取得、免許取得証明書の発行と3つの手続きをしましたが、英文在留届済証明書1通のみで全ての手続きが可能だったのは有り難いことでした。方法は、免許更新時に係員の方に、免許更新後に国際免許を取得の為の申し込みをしたいので在留届済証明書のコピーが必要だと伝えます。用意したコピー上に証明書のコピーを証明する分と署名を係員の方に書いて頂き、それを持って国際免許取得の手続きに行きます。これは免許更新と国際免許取得が同日の場合に許可される方法だそうです。因みに免許取得証明書の手続きの場合は在留届済証明書のコピーで問題ありませんでした。
さてさて試験に向けて本当に勉強しなくちゃ!また日本で用意した書類、試験の様子についてもブログでシェア出来たらと思います。
日本帰国後の隔離について
日本に帰国してからまだ1ヶ月半ほどですが、気分的には半年くらい経った気持ちのFah Thaiです。笑 今日は私の日本帰国後の隔離体験についてシェアしたいと思います。
家族に高齢者がいる私の場合、当初家族と話し合った結果、成田周辺のホテルで14日間の隔離をしてから故郷に帰る予定でした。成田周辺の隔離施設の選択肢としてホテルの他にマンション等もありましたが、値段的にもそれほど大差はないようだったので、快適さと清潔さの面でホテルを選びました。幾つかのホテルのサイト、ホテル予約サイト等から情報を収集して、成田周辺のホテルの中から「コンフォートホテル成田」を選ばせて頂きました。
私がホテルを選びで重要視したのは①立地②口コミの良さ③価格の3点で、加えて朝食付きであれば更に良しといった感じでした。ホテルのHPには海外からの帰国者で隔離希望する場合の情報・条件などが詳しく記載されていました。まずホテルに直接電話をして「海外から帰国予定で自主隔離のための宿泊を希望する」事を伝えます。すると担当の方が隔離用のお部屋の空きがあるかどうか調べてくださり、それから予約となります。ホテルのHPやホテル予約サイトの値段を比較して一番リーズナブルだったホテルのHP(会員登録をすると割引クーポンなどが使用出来た)から予約する事に。その際、備考欄に海外からの帰国による経過観察、隔離の為の利用条件了承済み、
自主隔離が必要となるのは14日間、隔離期間は帰国の翌日から数えるので、合計15泊分の宿泊予約が必要でした。しかし最終的にはホテルでの隔離が10日過ぎた頃、厚労省に隔離場所をホテルから自宅に変更する旨を連絡し、残りの自主隔離を自宅で続けることにしました。隔離場所を変更するにあたり、厚労省の入国確認センターに隔離場所を変更する旨を伝えました。残りの宿泊代は2日前までにフロントに伝えれば手数料無しでキャンセルが可能でした。但し、まだ隔離期間中だったので移動に公共交通機関は使えませんでした。私の場合は、家族が車で迎えに来てくれました。(国際免許を取得して帰国しましたが、初っ端から日本で運転する勇気が無かったFah Thaiです)
自主隔離中は毎日厚労省から健康状態確認のメールが届き、メール中にあるURLにアクセスして指定の時間までに回答を送る必要がありました。他にも帰国時にインストールが必要だったアプリでの位置情報確認も毎日ありました。移動日は高速道路上で位置情報を報告することになってしまいましたが、事前に移動をすることを連絡しておいたので全く問題ありませんでした。
少しホテルでの隔離中の事について少し。詳しくはホテルのHPに記載されていて、とても分かりやすい内容でした。少し確認したかった点についてはチェックインの際にフロントの方が丁寧に説明して下さいました。
- 朝食:提供時間にラウンジへ行き、置かれているプラスチックの容器に好きな物を入れ、自分の部屋で頂きました。朝食が付いているだけで有り難いことなんですが、2品くらいを除き、毎日ほぼ同じメニューだったので、後半少し飽きてしまいました。内容はこんな感じでした↓ お味はとても美味しかったです。
-
清掃:滞在中、清掃はありませんが3日に一度のペースでゴミの回収があり、新しいタオル&ゴミ袋が渡されました。チェックインの際に渡される「要望シート」というものがあるので、シーツセットを希望する場合、タオルが不要な場合、他に必要な物がある場合等お願いすることも出来ました。ちなみにゴミは指定日の指定の時間までに部屋の前に出しておきます。。ただし、使用済のタオル、シーツ、ガウンの回収は別で週一回のみでした。新しいタオル&ゴミ袋は清掃係の方が部屋の前に置いて下さいます。
- お洗濯:コインランドリーを利用出来ました。
- アメニティ:お部屋の清掃がないので、滞在中必要になったアメニティは指定の場所で必要に応じて頂く事ができました。
ほとんどの時間をホテルの狭い部屋の中で過ごす自主隔離は不自由に感じることもありましたが、今思い返してみるとなかなか無い経験でいい想い出です。
長野県護国神社 参拝&桜限定御朱印
数日前に久しぶりに夢を見ました。夢の中である人の身に起こることを知っている私はそこがパラレルワールドだということも知っているんですが、なんとかしたいと思い行動している夢でした。とてもリアルで目覚めた後もはっきりその内容を覚えている夢はもう何年も見なかったように思います。
先日早朝に、長野県護国神社へお参りに行ってきました。
長野県護国神社とは・・・
長野県松本市美須々にある護国神社である。明治維新から第二次世界大戦までの国難に殉じた長野県出身者を祀る。
第一鳥居を通り抜け、緑に囲まれ参道を進んでいくと第2鳥居が見えます。第2鳥居は数年前の台風で倒壊しましたが、いまは綺麗に再建されていました。
まずは第2鳥居手前左にある手水舎へ。護国神社のホームページにアップされていた桜をイメージしたもの↓から更に模様替えがされていました。
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Fah Thaiが参拝した日の手水舎。黄・緑・白・・と、春らしくとても素敵でした。
身を浄めた後は本殿へ。
参拝後、広い境内を歩いていると鶯の鳴き声が聞こえてきました。とても穏やかな気持ちになりました。御朱印を授与して頂ける社務所が開く9時までもう少し時間があったので、周辺を散歩しながら近くにある信州大学の学食でコーヒーを飲んで戻ってくることにしました。
長野県護国神社のすぐ近くにある松本市総合体育館&キッセイ文化ホール周辺の並木道がとても素敵でした。周辺には信州大学のほか、高校や中学校もあり自転車通学の学生さん達が多くいらっしゃいました。
お目当ての信州大学の学食は11時半からと看板が立てられていて残念ながら利用することはできませんでした。涙 帰国するたびに利用してみたいと思っていた信大の学食ですが、いつも長期休暇と重なってしまい未だに実現していません。この日も残念でした。ホームページやGoogleの情報では営業していてもいい時間だったのですが、これもコロナの影響なんでしょうか?
次回は絶対利用したい信大の学食・・・またガパオライス↓やってくれたら嬉しいな~と期待しているFah Thaiです。帰国後、想像していたよりタイ料理が食べたい病になっていませんが、考えるとやはり食べたくなるタイ料理・・。
【あづみホール食堂🍴】短縮営業 11:30-13:30(平日のみ)
— 信州大学生協 松本キャンパス食堂部 (@matumotosyokudo) November 18, 2020
本日【ガパオライス】売切れました。
申し訳ございません。
残り僅かとなりました。明日32食で終了します。
是非ご賞味ください‼️ pic.twitter.com/3VRQmXAouy
結局コーヒーを飲めず神社に戻るとちょうどよい時間で、御朱印を頂くことが出来ました。せっかくなので4月限定で授与して頂ける「桜限定御朱印」をお願いしました。とても春らしい記念になる御朱印でした。
長野県護国神社公式キャラクター「杜乃みすずちゃん」の可愛らしい三角しおりも付けてくださいました。
今年のゴールデンウィークはコロナの事もありどこへも行く気になれません。この状況が少しでも早く収束するように、神社仏閣を訪ねては願うばかりです。
山菜採り 食で日本の春を味わう
最近は朝ご飯の前に、庭のチューリップを眺めながらのFIKAがお気に入りのFah Thaiです。可愛らしい真っ赤なチューリップが朝から元気に咲いています。今日は朝から12℃と比較的温かいこの地方ですが、昨日は朝が2℃、日中が20℃と18℃の寒暖差がありました。2年ぶりに上高地の開山式も行われ信州も春本番という感じですが、連日風がピューピューと吹き荒れていて、まだまだ肌寒い毎日です。
先週末、初めて山菜採りに行ってきました。昨年山菜採りに行きすっかりハマってしまったというJちゃんがこの日の私の師匠。目的はそろそろシーズン到来のワラビとタラの芽です。昨年より一週間ほど早かったので「あるかな~どうかな~」と言っていたJちゃん、でも待ちきれず一週間早くGO!
山菜採りに出かけたのは、風もないポカポカ陽気の日。運動不足がちなFah Thaiはちょっとした山肌を歩くのもゼーハーゼーハーでしたが・・。Jちゃんが案内してくれたエリアに到着し、目をこらして探してみると、「あった~!」ワラビがチラホラと。暫くワラビ採りに集中した後、もう少し奥へ行ってみると今度はタラの芽が!目的だったワラビとタラの芽どちらも無事収穫することが出来ました。あまり期待していなかったタラの芽が採れたのでJちゃんと大喜び!それにしても山菜採り初体験のFah Thaiはタラの芽を採るのがあんなに大変だとは知りませんでした。恐ろしいほどトゲトゲのタラの木!Jちゃんとのチームワークで、あのとげとげしいタラの木を撓らせ、その先端に鎮座する「タラの芽」を収穫するのはかなり大変でした。苦戦を強いられながらもタラの芽が採れると嬉しくて、次第に楽しくなっていきました。次回はロープを持参しようかな~。
自宅に帰った後、ワラビのアク抜きの準備、タラの芽はその日の夜、早速天麩羅にして味わいました。初物のタラの芽の天麩羅はみんなに大好評でした!旬の物を自然から頂き、味わい、喜び・幸せを感じるのは日本ならではのように感じます。買った物でもなく、作った物でもなく自然からの頂き物をこのように味わえることに、日本の季節を楽しむ和食文化の素晴しさを改めて感じました。
翌日はSISがリクエストしたワラビの煮ものを母が作ってくれました。シンプルにワラビと練り物のみ。白だしが採れたてのワラビの味を引き立ててくれていました。美味しかった~ごちそうさまでした!
そして最近家族でハマっているのが、旬のアスパラガスをマヨネーズ、味噌、砂糖を混ぜ合わせた物にディップして食べることです。これが最高に美味しくてとっても贅沢に感じます!
アスパラガスは太めのものがおすすめで、食べ応えもあります。アスパラガスが大好きでバンコクでもよく購入して食べていたのを想い出します。バンコクで売られていたのはどれも細くて、こんな贅沢な食べ方は出来なかったな~と想い出します。旬のアスパラガスは本当に甘くて味も格別!幸せを感じます。笑
しばらく、この日本の春を味わいたいと思います。
タイから日本へ引っ越し 低料金で日本へ荷物を送る方法
タイ免許を日本の免許に切り替えるために勉強中のFah Thaiです。
今日は私がタイから日本へ荷物を送った方法についてです。帰国を決めてからどうやって引っ越し荷物を日本へ送るのが私にとってベストか考えてみました。引っ越し業者に依頼することも考えましたが、費用に含まれる内容を見ると私には必要ないサービスもあり、それらにかかる費用を抑えたいと思い、自分で梱包・発送する方法を選びました。その際に参考にさせて頂いたのがこちらのブログです↓
知りたかった内容ばかりでとても参考になりました。参考にさせて頂きながら自宅近くの郵便局で詳しく確認して「よし!この方法にしてみよう!」と決めました。
結果、やはり船便(Surface)選びました。日本に送る荷物は、帰国後すぐ必要な物ではなかったので、他の方法に比べても日本到着までに時間がかかる点は問題ありませんでした。かなり費用を抑えることが出来た点も良かったと思います。
私が利用したのは「Parcel Post」という、一箱の荷物の重さが30キロを超えないこと、追跡可能、紛失や破損した場合の補償額最高40SDR/箱(2018年のレートで1SDR=47.5729バーツ)が送料に含まれているというタイプでした。補償額はタイバーツで約1900バーツ(日本円で6500円くらい)です。ただし追加払いをすれば1000SDRまで補償額を上げることは可能のようです。荷物が届くまでにかかる時間は3ヶ月とありました。郵便局でもやはり3ヶ月かかると言われましたが、上記のブログの方によると一ヶ月ほどで届いたということだったので、その情報に期待して・・・。
荷物を詰める箱は郵便局で売られています。全部で6種類、大きさによって値段が異なります。他には梱包材のプチプチも一枚7バーツで購入することができました。
私が購入したのはサイズ的にも使いやすいと思った6番の箱です。小さな郵便局の場合希望の種類の箱があるとは限らないので聞いてみる必要がありますが、6番の箱は比較的需要があるようで私の近所の小さい郵便局でも売られていました。荷物は一箱30キロまで詰めることが出来ますが、運ぶときの事を考え重さは20キロほどになるように調整しました。
約25年間のバンコク生活で、思った以上に膨れあがった荷物・・断捨離にも手こずりましたが、その多くを友人や友人の友達、メイドさん等が買ってくれたのでとても助かりました。リサイクルショップや買い取りおばさん&おじさんにもお聞きしましたが、買い取ってもらえなかったり、希望より大分安い価格での買い取りとなってしまうのでやめておきました。どうしても売れなかった物で、日本に持ち帰りたくなかった物はメイドさんに処分して頂きました。荷造りを始めた頃は恐らく4~5箱で収まるだろうと思っていた荷物は、結局合計7箱に!それでも25年住んでいた人間としては少なくまとまったと思います。笑
荷物を梱包・準備する際に入れないよう特に気をつけた物は、
- 液体・スプレー類
- 食品
- バッテリー類(モバイルバッテリー、リチウムバッテリー、乾電池など全て)
- 新品の物
- 貴重品
- 偽造品
などでした。引越の業者さんに一度相談した際に頂いた資料を参考にさせて頂きました。こちらのサイト↓も参考になると思います。
各箱に①~⑦の番号を書いておきました。日本で箱から物を取り出す場合、何をどの箱に入れておいたのか、すぐ分かるように大まかな内容をワードに記録をしておきました。箱の側面には大きく「別送品 Unaccompanied Baggage」と書いておきました。(参考にしたのはこちらの税関のサイトです↓)www.customs.go.jp
一番ネックになっていたのが、重たい荷物をどうやって郵便局まで運ぶか。郵便局で問い合わせてみると、自宅まで荷物を引き取りにきてくれるサービスがあるというではありませんか!!タイランド・ポストのコンタクト・センター1545に電話すれば、担当の方が自宅まで荷物を取りに来て下さいます!実際に利用しましたが、とても有り難いサービスでした。希望すれば箱も無料で頂けるそうですが、私が利用したサイズの箱より小さいサイズで、私が利用していたらおそらく10~11箱くらいの数になっていただろうと言われました。とにかく至れり尽くせり!
荷物を郵便局のトラックに載せた後は、私も車に乗せて頂き一緒に郵便局へ。向かったのは近所の小さな郵便局ではなく、私の住むエリアから集められた郵便物・荷物が集まる一番大きな郵便局です。もし現金払いでも良いのなら郵便局へ出向くことなくその場で手続きも出来るようでしたが、私は少し心配だったのとクレジットカードで支払いをしたかったので郵便局へ行きました。
郵便局では荷物の数と同数の送り状をひたすら記入します。ふぅぅう。手が痛くなりました~。笑 箱の中身は具体的に書くようにと言われたので大まかに内容を記入し、横にMoving package(引越荷物)とも書いておきました。価格(Value)は局員さんのアドバイスに従い、2~3000バーツと書いておきました。
荷物が宅配出来ない場合はどうするかの選択は①破棄する②送り返す③別の住所に届ける・・の3種類がありました。これは何か問題があり通関できず日本に上陸出来ない場合などのケースだと思ったので、バンコクの友人宛に送り返してもらうよう、了解を得て友人の名前・住所を記入しました。この場合は受取人が料金を払うようになります。郵便局での手続きを終え、各送り状の控えとレシートを頂きました。レシートにはそれぞれの荷物の追跡番号が書かれていて、こちらのサイトで確認することができます↓
タイの郵便局から送った荷物を追跡できるサイト:Track And Trace : EMS : Thailand Post
さて、日本に帰国した際、税関で携帯品・別送品申告書を2部提出しました。手続き後1部返却されるので、荷物が無事とどくまで大切に保管しておきます。返却された申告書一部と共に「別送品申告をされた皆様へ」という案内を頂き、その中には
別送品が日本に到着すると、「外国から到着した郵便物の通関手続のお知らせ」という葉書が郵送されますので、保管中の別送品申告書を、その葉書を差し出した税関外郵出張所に提出して下さい。
とありましたが、葉書が届くことはなく無事荷物が日本の自宅に届きました~。実は3月12日に6箱送り出したあとで、どうしてもスーツケースに入りきらない荷物が出てしまい、5日後にもう一箱分送りました。3月12日に送った分は4月11日に、3月17日に送った分は今日届いたので、どちらもほぼ一ヶ月で届いたことになります。素晴らしい!時々、荷物は今どの辺なのかなぁ~と気になり追跡もしていました。追跡によると日本に到着した翌日には自宅に届いたようです。
届けられた荷物は全く問題ありませんでした。参考にさせていただいたブログの方も仰っていましたが、少し穴が開いたような箱が2~3箱あったくらいです。
中の荷物は全く問題ありませんでした。今回お皿やグラスなども箱に詰めて送りましたが、しっかり梱包したので割れることはありませんでした。郵便局で荷物を送る際、中に割れ物はありますかと質問されて「はい」と答えると、局員の方は顔を曇らせていらっしゃいましたが、「大丈夫です。しっかり梱包しました。壊れてもいいんです」というとそれ以上は何も仰いませんでした。
私が今回タイから送った各荷物の重さと料金は次の通りでした。
① 10.98キロ 1750バーツ+15バーツ(プラスチックのロープ代)
② 20.35キロ 2850バーツ+15バーツ(プラスチックのロープ代)
③ 21.65キロ 2960バーツ+15バーツ(プラスチックのロープ代)
④ 23.03キロ 3180バーツ+15バーツ(プラスチックのロープ代)
⑤ 18.39キロ 2630バーツ+15バーツ(プラスチックのロープ代)
⑥ 14.91キロ 2190バーツ+15バーツ(プラスチックのロープ代)
⑦ 18.75キロ 2630バーツ+15バーツ(プラスチックのロープ代)
上の写真のように、赤いプラスチックのロープでしっかりと箱の周りを巻いてもらった代金も含めて合計18295バーツ(約65000円)でした。荷物も期待通り1か月で無事届いたし、料金も引っ越し業者にお願いする3分の1以下に抑えられました。
これからタイから日本へ安く荷物を送りたいという方の参考になれば嬉しいです。
タイで失業手当を受給した体験談
タイで雇用されると外国人でも社会保険への加入と保険料の支払いが義務づけられています。毎月お給料から天引きされていた保険料(通常は750バーツ)の内訳は健康保険、雇用(失業)保険、老齢年金に分けられます。
昨年、長年勤務していたタイの某企業を退職し、失業保険の申請&受給をしたのでそのことについて記録に残そうと思います。昨年4月タイ労働省より新型コロナウィルス拡大の影響による休業・休職に伴う失業手当、また休業・休職の為の給付の対象にならない解雇・自主退職・有期雇用契約期間満了に伴う退職者への失業手当に関して発表がありました。
失業保険を受給できる条件は、退職前の過去15ヶ月の間に6ヶ月以上の保険料を納めていることです。また会社の都合による解雇と自主退職では受給額も異なります。
- 会社都合による解雇(被雇用者に非がない場合):給与(上限15000バーツ)の70%を200日分受給できる。(以前は給与の50%を180日分)
- 自主退職・有期雇用契約期間満了:給与(上限15000バーツ)の45%を90日分受給できる。(以前は給与の30%を90日分)
どんなに給与が多くても上限が15000バーツと決められている点は、辛いところですが、保険料を納めてきた者の権利なので申請しないという選択はありません。ただし、上記の条件で失業手当を受給出来る期間は202年3月1日~2022年2月28日までとあります。これは新型コロナウィルスが影響を及ぼすであろう期間の処置のようなので、それ以降は以前と同じ条件になるのではないでしょうか。
今回参考にさせて頂いたウェブサイトはこちらです↓
引用元:タイにおける失業手当受給について | One Asia Lawyers
私が退社してから失業手当の申請・受給の為に実際に行った内容を記したいと思います。準備した書類は次の通りでした。
- 申請用紙 (労働局の失業手当申請カウンターで頂きました)
- パスポート原本とコピー
- ワークパーミットのコピー(私の場合、デジタル・ワークパーミットがキャンセルされた後に失業手当の申請をしなければなりませんでしたが、事前に用意しておいたコピーのみで大丈夫でした)
- 社会保険カードのコピー(デジタル化でここ数年社会保険カードを会社からもらっていなかったため、まだ手元にあった数年前の社会保険カードの原本とコピーを持参しました。友人は社会保険番号(Social Security Number)を口頭で伝えただけですが、大丈夫でした)
- 振込先銀行口座通帳の原本とコピー
失業手当受給の申請は退社後30日以内に済ませる必要がありますが、勤務先から労働局への連絡処理があるため退職後1週間ほど待って申請するようにと人事部から言われました。支給されていた制服などを返却する為、退社10日後に会社を訪れる予定があったので、その帰りにすぐ近くにある労働局(ハローワーク)で申請することにしました。
向かったのはVibhavadi Rangsit通りにあるPongsupee Building2階にある労働局の事務所です。
入り口を入ってすぐ左に失業手当申請のカウンターがあります。係員の方に失業手当申請の手続きに来たことを告げ、持参した書類を提出し、申請用紙に記入しました。
手続きが終わると月一で6回(私たちの場合は途中でもう一回加えられて全7回になりました。コロナの影響による退職だからだと思われます)にわたる出頭日が書かれた用紙を渡されるので、次回から出頭日には必ずこちらの用紙とパスポートを持参します。パスポートを持参すれば係員の方が顔写真のページと最新のビザのページをコピーして下さるのでそれに署名をします。私は時間短縮のため、自宅で用意したコピーに署名をして毎回持参していました。加えて本来であれば被保険者が記入すべき書類がありましたが、毎回係員の方が代わりに記入して下さり私は署名をするだけでした。
私は8月10日に申請をし、第1回目の出頭日は一か月後の9月9日でした。出頭は指定された日の前後7日以内であれば問題ないということで、指定日が土日になった場合は前後の平日、旅行などでバンコクにいない場合は指定日の前後7日以内に出頭出来るようにしました。
ちなみにタイ人と外国人の失業手当申請の大きな違いは、タイ人であればアプリで申請も出頭レポートもできてしまう点です。残念ながら外国人の場合はアプリでの申請も出頭レポートもできないということで、毎回労働局に出向くことになりました。
実際に私が労働局に出頭した日、(指定されていた出頭日)、手当が振り込まれた日、金額は次の通りでした。
- 1回目:9月9日(指定日9月9日)→ 振り込み&金額:9月28日 12350バーツ
- 2回目:10月14日(指定日10月9日)→ 振り込み&金額:10月26日 10850バーツ
- 3回目:11月10日(指定日11月8日)→ 振り込み&金額:11月19日 10850バーツ
- 4回目:12月8日(指定日12月8日)→ 振り込み&金額:12月23日 10500バーツ
- 5回目:1月7日(指定日1月7日)→ 振り込み&金額:1月19日 10500バーツ
- 6回目:2月8日(指定日2月6日)→ 振り込み&金額:2月17日 11200バーツ
- 7回目:3月11日(指定日3月8日)→ 振り込み&金額:3月12日 5250バーツ
他の方のブログにも書かれていたように、やはり振り込まれる手当は毎回同額ではありませんでした。同日に出頭した友人であっても振り込まれる金額が異なる事もありました。どういった基準で、計算方法になっているのか、正確には分からず本当に不思議でした。笑 タイ人の友人曰く各回の振込額はそれぞれ違っても最終的な合計金額は同じくらいになるはずだと・・・なかなかのアバウトさです。笑 また出頭してから手当が振り込まれるまでの期間もまちまちで、7回目以外は1週間から2週間ほどかかりました。2週間を過ぎても振り込みがない場合は、出頭日が書かれた用紙にある問い合わせの番号に電話すると親切に調べてくださいます。(なかなか電話に出てくれないのでは・・と思っていたので、失礼ですがビックリしました!)私の場合、第1回目の振り込みがなかなかされなかったので問い合わせをすると、なんと元勤務先から退職したという連絡が来ていないということでした。元勤務先にその旨を伝えて労働局に連絡をしてもらい、数日後には無事振り込みがありました。
私達の場合、一応会社都合による解雇に当てはまったので、計算方法は次の通りになるとタイ友が教えてくれました。
- 15000バーツx70%÷30日=350バーツ/日
- 350バーツx200日分=合計70000バーツ
・・・という予想だったので、私の実際の合計金額71500バーツは妥当なのかなと思いました。
タイで就職してタイで退職して失業手当を受給・・等など、タイでは様々な経験をさせてもらったと思います。先のことにはなりますが、老齢年金の申請も忘れず行いたいと思います。笑
私はタイの企業で周りに日本人の同僚がいない環境の中、約10年ほど働いてきたので、常にアンテナをはり様々な情報を自ら入手して交渉する事の大切さを感じてきました。日本で新しい生活を始め、とても守られた環境に身を置かせてもらっている気持ちですが、色んな情報を受け入れる姿勢や行動に移す姿勢は変わらず持っていたいと思います。
新生活スタート!銀行口座開設と故郷散策♪
先週で自主隔離を無事終えたFah Thaiです。日本帰国の際に必要だったアプリやメールによる位置情報提供や体調に関する質問からも解放されて、晴れて自由の身になりました。笑
数日後、まずはご近所さんにご挨拶に。帰ってきました~アピールをしてきました。笑本格的に日本での生活をスタートさせるための手続きを徐々に始めています。住民登録、マイナンバーカードの申請、国民健康保険への加入、銀行口座開設や携帯電話の契約等など。
約25年ぶりに住む日本で感じたカルチャーショックの一つが銀行の手数料です。銀行によって条件は異なると思いますが、手数料がかからないよう出入金や振り込みをしようと考えると、利用するATMも時間も選ばなければならないし、回数も考えなければならない点です。今回私が開設したのはネット銀行の口座。手数料がかからないように利用するには条件もあり、金利や自分が利用しやすい条件・環境も含めて総合的にどの銀行にするか決めました。タイでは、銀行の便利さはどの銀行もさほど変わりがなかったので、銀行選びでこれほど考えることは無かったように思います。タイでキャッシュカードを使う場合、銀行に関係なくどのATMを何回利用しても、24時間手数料は無料(地方のATMで引き出す場合は手数料がかかる)でした。タイでは実店舗がある銀行もネットバンキングが充実していて、振り込み、支払い、引き出しなど手数料無しでなんでも出来るといった感じでした。デパート内にに休日も営業する銀行の実店舗があったり、駅や通りなど至る所にATMが設置されていたタイは本当に便利だったなぁと、改めて思います。
こうしてブログを書いている今も、開設した銀行口座のキャッシュカードがなかなか届かずストレスを感じているFah Thaiです。早く慣れるようにしないと!
久しぶりに故郷の街をブラブラしてみました。残念ながら私の隔離中に桜は満開を迎えてしまっていたので、見ることができたのは散り始めた桜・・。それでも懐かしい故郷の春を感じられてとても嬉しい気持ちになりました。今年桜の開花はかなり早かったようですが、満開を迎えた後はかなり寒い日が続き、4月なのに最低気温0度なんて日もありました。
早朝に訪れた松本城。澄んだ青空、背後に見える美しい日本アルプス、そして松本城の景色は「うわぁ~」と声を上げてしまう美しさです。私のほかにも実際に「うぁ~」と声に出して写真に収めている方々が何人もいらっしゃいました。笑 そのお気持ち一緒です!
映画鑑賞後、立ち寄った松本市立美術館。大規模改修工事のため、この4月から約一年間の休館に入ったばかりでした。
帰国の際、興味がある展示があれば必ず行っていた美術館。約一年も利用できないのは少し寂しいですが、リニューアル後を楽しみに待っていたいと思います。
松本駅へ向かう前に深志神社へ。まつもと市民芸術館の脇の道を入った奥に深志神社があります。
参拝後、社務所で御朱印を頂きました。社務所前と神楽殿には御朱印やお守りを置いて撮影ができる台も用意されていました。せっかくなので撮影させていただくことに。
境内のどちらでも使用可能と書かれていたので、菅原道真公の御像と共に。
使用後は忘れずに元の場所に戻します。
深志神社はたくさんある神社仏閣の中でも私にとってなぜかとても心が休まる場所です。久しぶりに色んな場所をめぐり、故郷に帰ってきたと実感できた一日でした。